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  本の紹介

   有機農業研究会編: 有機農業の技術

                2007年  農文協   164頁
 (本の構成)

   はしがき
  T これからの有機農業 −土と栄養について
  U 土壌微生物と作物 −有機栽培の基礎技術
  V 有機農業のための育種と採種の体系
  W 病害虫に負けない作物づくり ー園芸作物を中心に
  参考 有機農業の古典
 

(書評)
 
 本書は、有機農業研究会が2003年から毎年1回、4年間にわたって企画した特別講演会の内容をまとめたものである。その趣旨は、「有機農業を理論的、科学的に裏付ける」ということである。学識経験者である4人の著者(熊澤喜久雄、西尾道徳、生井兵治、杉山信男の各氏)が、有機農業に関係する基礎的な事柄を最新の科学技術の情報を織り交ぜながら分かりやすく述べている。
 
 本書を読んでみて、著者は第一線で活躍し、あるいは活躍された方々であるので、有機農業において生じる現象や問題点を理路整然と、科学的根拠に基づいて分かりやすく説明しており、筆者も「目からうろこ」が落ちるような気持ちになったところが何カ所かある。以下、章ごとにかいつまんで内容の紹介をする。

 第T章では、近代農業において施肥技術の基本となったリービッヒ理論など植物栄養学説の歴史的展開が分かりやすく述べられている。最近になって、植物は無機物だけでなく有機物も吸収することが明らかになったことや、有機質肥料の効用や作用について詳しく述べられている。有機質肥料は、土づくりに良い効果を発揮するだけでなく、土壌生物相の改良による土壌伝染性病害の予防や連作障害の防止、ビタミンC等の栄養価や日持ち性の向上など、様々な改善効果を示すことが述べられている。これらは、従来から有機栽培農家が経験的につかんでいることだが、研究的にも確認されつつあると思われる。

 一方、著者は、養分過剰による地下水の硝酸性窒素汚染の問題について触れ、「有機農業の生産地帯でも飲料水の基準値を超えて硝酸性窒素を含んでいるところがある」と注意を喚起している。 

 第U章では、著者は有機農業のあり方として、有機農業の国際的基準となっているコーデックス委員会のガイドラインを紹介しながら、生産が持続的であるとともに環境保全に適合したものである必要性を強調している。そして、作物の養分収支の面から有機農業における幾つかの問題点を指摘している。
 例えば、有機農業においても、有機質を過剰に畑に入れると、人の健康上の基準値を超える硝酸性窒素が生鮮野菜等に含有されたり、土壌中の塩基飽和度が基準値を超え養分過剰を起こすこと、また、炭素/窒素の比率の高い未熟な有機物を施用すると微生物の働きによって作物が窒素飢餓を起こしたり、水田では有毒な有機酸が生成しイネの生育を阻害することがあると述べている。一方、完熟堆肥を使用すれば、堆肥化する過程で生じる高熱によって家畜の餌に由来する糞中の帰化雑草の種子や病原微生物が死滅すること、窒素飢餓が起こりにくくなることなどのメリットが説明されている。さらに、有機農業において、どのように堆肥を施用していけば、養分過剰のようなマイナス面を抑えることができるかについても詳しく述べられている。

 第V章では、はじめに遺伝子組換え作物についての批判がいろいろの側面から述べられている。遺伝子組換え作物が栽培される場合のリスクについては、推進側と反対側の双方が科学的、定量的にリスクとベネフィットを勘案して、十分にコミュニケーションを図ってもらいたいものと思う。

 有機農業に適した品種およびその育成のあり方について、これまでに取りまとめられている国際有機農業運動連盟の「作物品種ならびに育種と種苗生産の基準」および日本有機農業研究会の「作物品種の考え方と基準」が紹介されている。わが国には有機農業育種の基準が無いので、著者は、「有機農業育種の3つの大前提と十二の基本原則」として試案を述べている。ここでは、有機農業が行われている場所の気候風土などの地域特性に即して育種を行い、また、有機農業の場で種苗生産もできることが基本とされている。そして、有機農業のための遺伝特性の異なる多数の品種の育成と利用、環境ストレス障害などに対する回復力・復元力の強化、農産物の栄養価の向上等が育種の基本原則となると述べられている。

 第W章では、欧米から多くの園芸作物が導入された明治時代以来、園芸(野菜、果樹等)生産は病害虫に対する長い戦いの歴史であり、そのための技術開発の歴史でもあったことが接ぎ木などの事例を挙げて述べられている。

 近年になって過度な農薬依存から脱却し、安全性を高め、環境破壊を防止する環境保全型農業が推進されるようになったが、著者は病害虫に対する環境保全型農業技術の代表的なものについて述べている。

 農薬の使用量を抑える病害虫防除技術としては、病害虫の密度を低下させるためのフェロモン利用、防虫ネットなどの被覆資材の利用、他作物を障壁としたアブラムシの飛来防止、天敵や拮抗菌の利用、施設内の環境調節によるうどんこ病の抑制などが取り上げられている。特に著者は、病害虫に対する植物の抵抗性の利用の重要性について、ブドウのフィロキセラ(ブドウネアブラムシ)に対する抵抗性品種利用の成功例などに触れながら述べている。最後に、数多くの病害虫の発生に対して、いろいろな技術を組み合わせて使わざるを得ないが、まだ不十分な面があり、各分野の連携した技術開発が望まれるとしている。

 なお、本書には、特別講演の講師に対する有機栽培農家などからの質問も収録されていて興味深い。 

 有機農業というと、ともすると経験が重視され、非科学的な面があるのではないかという印象を持たれる方も多いのではないだろうか。本書を読むことによって、有機農業における有機質肥料や土壌微生物の役割、有機農業のための育種や採種種法、農薬に替わる病害虫の防除法などについての有益な情報を得ることができ、有機農業のさらなる発展に役立つ貴重な情報が多いと思われる。さらに、本書は、有機農業に関心を持つ方だけでなく、環境保全型農業を考えておられる方にも参考になるであろう。
(2008.2.2/M.M.)


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